いとうせいこうさん、みうらじゅんさんが 仏友として三十三間堂で成就させた積年の思い:『見仏記  三十三年後の約束』読了

いとうせいこうさん、みうらじゅんさんの共著『見仏記  三十三年後の約束』を読了。

昨年(2025年)10月本書発売時、タイミング良くサイン本入荷情報に接し、

手元に引き寄せられていた経緯。

仏像、そして・・

何が書かれているのかというと、タイトルに記された如く、

” 相棒みうらじゅんと二人でひたすら寺を回り、おしゃべりをし、その模様を忠実に再現してきた。”(p257)

と、いとうせいこうさんが記された通り。文章はいとうせいこうさん、イラストはみうらじゅんさんで分担。

今回でシリーズ10冊目(含. ガイド版)となるそうで、私自身は第一作『見仏記』以来の購入(但し、未読)。

具体的内容は、

” そうした赤城さんの解説の間、みうらさんは度々鋭いコメントを投げかけた。「三体とも耳が長いですけど、もう少し長いと飛鳥寺の大仏になりますね」とか「眉の造りが広陵寺弥勒に似てますねー」など。”(p116)

に、

” 「鎌倉なのに玉眼を使わないという手法ですもんね」

「そうです。平安の雰囲気を鎌倉時代に彫ったという感じですね」

「墨で目のふちの線を入れてますしね。玉眼よりこっちの方がいいですね」

「京都仏師でしょうね。江戸時代の記録でも修復が京都仏師なんです」”(p204)

といった内容が本筋、本領で、仏教なり、仏像への造詣が深い人ほど楽しめる内容。

目次は

 長浜編

 関東編

 東海編

 三十三年後の三十三間堂編

 「新TV見仏記」最終回編

 おまけ  深大寺特別編

といったエリア別の見仏記が中盤まで続いた後、ハイライトは 三十三年後の三十三間堂編 。

そこに辿り着くまで、

” 対策というのは二人の間では常識なのだが、みうらさんが「尻の穴をきゅっと締める」ことである。締め気味にするとなぜか空の黒雲が減り、湿気も激減するというきわめて原始信仰に近い思い込みはしかし、これまで何度か見仏の旅を救ってきた。みうらさんの肛門は天に通じていた。”(p149)

或いは

” ただし開きもしないドアをじっと見つめて立つみうらさんと、とりあえず新幹線ホームの近くまで来ておいて座って待つ私とでは、行動原理が違った。

この違いはなかなかに重要で、いわば遅刻の不安を忌避するやりかたの好みとか、体力の使い方とか、相手への気遣いのそれぞれのありよう(「来てたら悪いな」なのか、「来てないふりをしておこう」なのか)なのだが、一致しているのはどちらも相手に自分の流儀を強要しないことだった。”(p211)

等、お二人の関係性に言及する一文が散見され、ハイライトへのトリガーとなる

” 最初の『見仏記』のラスト近くで、我々は京都駅構内の喫茶店に寄り、やがて別れを惜しんでこんな冗談を交わした。

「三十三年後の三月三日、三時三十三分に三十三間堂で会いましょう」”(p212)

が、三十三間堂側からの協力もあり遂に(二〇二五年、三月三日)実現するに至り、

” 我々はせめて二十五分のトークをするはずだったのだが、何をどう話していいかまるで頭に浮かんでこない。

それどころか、みうらさんは泣いていた。

最初に嗚咽があって顔が引きつったのは私にもわかった。まさか、と思った。”(p226)

といういとうせいこうさんも予期せぬ展開となった三十三間堂で開かれたイベントの軌跡が、見仏記とは別途の読みどころ。

購入本に書かれていたサイン

文章をいとうせいこうさんが分担されているゆえ、終始いとうせいこうさん側からお二人の間柄を垣間見ることになりますが、

” 著書『見仏記』一巻目の中で私が「この人はこれからも突拍子もないことを言うだろう。だが私はこの人を守らなければならないなと思った」と書いたことについて、みうらさんは語り出した。”(p241)

の件から読み取れる、長きに及んで貫かれた(応えた)関係性に最大の読み応えを得ました。


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