(2021年)1月末に積み上がっていた12冊 ⬇︎

の最後の1冊 ⬇︎

を週初め読了させ、
先週、読み始め記 ⬇︎

をアップロードした近田春夫さんの『調子悪くてあたりまえ 近田春夫自伝』を読了。
その(読み始め記)後、読み進めた中、後半には
” 翌81年の元日には、俺が作詞作曲を手がけたザ・ぼんちの「恋のぼんちシート」(作詞・作曲/近田春夫)がリリースされ、80万枚の大ヒットを記録した。
・・・と同時に、盗作をめぐる騒動でも世間を賑わせることになった。”(p144)
という「あの曲そう(=近田春夫さんの曲)だったのかぁ」という大昔からあった近田春夫さんとの接点に、
音楽界をはじめ多方面で才能を発揮されている近田春夫さんの『調子悪くてあたりまえ 近田春夫自伝』が、
1 NASU-KYURI 1951-57誕生
2 先生がんばってください 1957-63 小学校にて
・
・
・
22 調子わるくてあたりまえ 1989-2017 癌闘病
23 世界で一番いけない男 2017- 300へ向けて
と23に及び項目立てされているうち、9 COME ON, LET’S GO 1975-77 レコードデビュー まで読み終えたので、そこまでのおさらい。
サイン本入手機会を捉えて、

手許に引き寄せてた著書。
自伝の類、たいがい幼少期の頃は退屈だったりしますが、本書は
(2021年)1月、爆笑問題 太田光さんの『芸人人語』を読んでいた際、

同書に繰り返し登場した『お前はただの現在にすぎない テレビにになにが可能か』を読み始め、
全514ページあるうちの251ページまで読み終えたので、そこまでのおさらい。
既述のとおり、500ページ超の厚みに、1969年に出版された時間軸に苦戦しながらの読み進めで、
あらすじを上記、太田光さん『芸人人語』から引用すると
前々回、中間記⬇︎をアップロードした

元Jリーガー林陵平さんの『Jリーガーが海外サッカーのヤバイ話を教えます』を読了。
その(中間記)後、読み進めた
PART 3 ラ・リーガ
PART 4 セリエA
PART 5 ブンデスリーガ&リーグ・アン
PART 6 レジェンド
には、
” 左足の非凡なボールテクニックを持ち、さらに状況判断も19歳とは思えないレベル。とくにスゴイのが、狭いスペースでの局面打開ですね。
左足の絶妙な位置にボールを置き、相手が足を出してきた瞬間に一気にリズムチェンジ。
これで縦にも中にも抜けられるし、さらにそこからラストパスも出せるので、敵としてはとても対応しにくいと思います。”(p122)
に、林陵平さんと明治大学サッカー部で同期であったという
元Jリーガー 林陵平さんの『Jリーガーが海外サッカーのヤバイ話を教えます』を読み始めてから
PART 1 BIG 5
PART 2 プレミアリーグ
PART 3 ラ・リーガ
PART 4 セリエA
PART 5 ブンデスリーガ&リーグ・アン
PART 6 レジェンド
と章立てされているうち「PART 2 プレミアリーグ 」まで読み終えたので、そこまでのおさらい。
別本を買い求め書店に立ち寄った際、本書サイン本を見つけ、

興味ある斬り口から「読んでみようか」と衝動買いしていた著書。
本書について冒頭「はじめに」で、
” この書籍のお話をいただいたのは、2020年の夏頃でした。そこから分析や調査、執筆に入っていったので、つまりこの本を制作したのは現役中。
自叙伝やストーリー集などを出す選手はいますが、海外サッカーのガイド本を現役中に作ったJリーガーは僕が史上初だと思います。
なにを隠そう、僕は「Jリーグ随一の欧州サッカーマニア」を自負しているので、すごく光栄です。”(p2)
という出版背景から
プロレスリングFREEDOMS所属 プロレスラー葛西純選手自伝『CRAZY MONKEY』読了。
私は未参加ながら、年初の緊急事態宣言発出直後のイベント告知から

瞬く間に満席となった動きから関心を抱き、サイン本販売機に

反応し手元にしていた著書。
高校生時分、漠然とプロレスラーへの憧れを抱くも
” 俺っちの身長は170センチちょいで止まりそうだったし、体重も55キロくらいしかなかった。
「ウエイト部」の活動でそこそこ筋肉はついてたけど、ガリガリだし、そんな体の人間がプロレスラーになれるはずがないと思っていた。”(p040-041)
という当時の心境から、卒業後、上京し警備会社に就職。
” 上京して、プロレスラーか格闘家になるという夢を忘れかけてしまった俺っちは、風俗通いしたあげく、HIVに感染したんじゃないかと思い詰めていた。”(p049)
と自堕落への嫌悪感から
” 俺っちの人生は何だったのか。自問自答したあげく、じゃあ、これで陰性だったら、本当に自分のやりたかったことをやろう。
今やっているガードマンの仕事を辞めて、プロレスの入門テストを受けようと決意した。”(p050)
と検査結果から疑念も晴れ、大日本プロレスの門を叩きデビュー。
” そもそも、どんなタイプのお客さんにも有無を言わせない、痛みの伝わるような試合をしたいという想いがあったからね。
その気持ちは、連日連夜セコンドについて、間近でデスマッチを見ても変わらなかった。”(p072)
との初心が、段々と雪だるま式に膨らみ、常人には想像し得ない世界観を確立。
読み進めている最中、キャリアのターニングポイントになった伊東竜二選手との試合を視聴しましたが・・