落合陽一さんと猪瀬直樹さんが示した日本の未来を切り拓くテクノロジーと構想力:『ニッポン2021-2050 データから構想を生み出す教養と思考法』読了

メディアアーティスト 落合陽一さんと、作家で元東京都知事 猪瀬直樹さんの共著

『ニッポン2021-2050  データから構想を生み出す教養と思考法』を読了。

(2019年)年初に、

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本書刊行記念トークイベントに出ていたものの、入手は遅れて(2月)月初の落合陽一さんの展覧会「質量への憧憬」の

<< 2019年2月3日投稿:画像は記事にリンク >> 落合陽一「質量への憧憬」展 トークイベント「今、写真メディアから感じる“エモさ”や“質感”を再発見する」参加記

物販ゾーンで本書サイン本を見つけて→購入。

購入本に書かれていた落合陽一さんのサイン

ニッポンの近未来にテクノロジーと構想力

当初、落合陽一さんと猪瀬直樹さんの対談本かとの先入観がありましたが、

実際は

第1章 テクノロジーは社会課題を解決する

 第2章 2021年の日本風景論

 第3章 統治構造を変えるポリテックのの力

 第4章 構想力は歴史意識から生まれる

という目次立てのもと、テーマに沿ってリレー形式で問題提起に処方箋といったことが綴られています。

印象に残った内容を抜粋すると

” イメージは多様でいいはずなのに、マスメディアを介して広がっていった価値観のなかでしか物事をとらえられなくなっている。

結果的に、ものすごくいびつな社会構造がうまれていく。そして、できあがっていくのがトレンディドラマ的な風景です。

これが憧れの街になる理由が僕には理解できません。むしろ、憧れだと刷り込まれているから、憧れるというほうがしっくりきます。

僕たちはいつまでこうしたマスメディア的風景のなかで生きていくのでしょうか?

日本人はマスメディアや広告が打ち出した価値観が自分にインストールされていることに無自覚です。

消費者は常にコントロールされ、憧れ自体も自分が考え出したものではないという状況に慣れてしまっている。

そして、もう少し踏み込むと、マスメディアが植え付ける「普通」という概念にとらわれすぎなのです。”(p110/  落合「いびつな風景とマスメディアの欲望」)

” そもそも僕はテクノロジーを「使う」という言葉自体が正しくないと言ってきました。テクノロジーを使うのではなく、テクノロジーと「親和」することが大事だと考えています。

・・中略・・

僕は「デジタルネイチャー」という概念を使って次の社会を考えています。

この言葉は「自然」をより上位から俯瞰する。計算機によって生み出された「超自然」を意味します。

要するに、これまで「自然」と考えられていたものを更新する考え方のことです。”(p142/ 落合「ポリテックという言葉の流行が社会の意識を変える」)

或いは

” 研究が進んでいるAIがうまく進展すれば、官僚のような仕事は取って代わられるだろう。そこで大事になるのがビジョンを示す力になるだろうと思います。

ビジョンを示す力とは、まさに言葉を鍛えることでしか生み出すことができません。

僕は以前から言葉の力とは、引用、検索する力だと言ってきました。

いまはスマホがあって、入力すればなんでも調べることができます。それも自分のなかに言葉があればこそなのです。”(p173/ 猪瀬「自分の中にある言葉を鍛える」)

という具合。

落合陽一さんは30代で近未来へのナビゲーターといったポジションで、一方の猪瀬直樹さんは小泉(純一郎)政権や東京都政で構造改革等で国、地方の舵取りに取り組まれた経験をもとに

各々異なる立場から、何れも日本の近未来の在りよう説く内容で、特に落合陽一さんのテクノロジーを用いて、日本が抱える諸問題の解決を図っていく提言に共感、学びを得ることが出来ました。


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