彗星の如く現れた藤井総太四段の登場で、ブームが訪れた将棋界。
会場は三省堂書店池袋本店
並み居る棋士の中で、一際独特の存在感を放つ加藤一二三九段のトーク&サイン会に参加。
将棋と私と加藤一二三九段
私自身は小学生中高学年で、一時(学校内の)囲碁将棋クラブに所属するなどマイブームな時期はありましたが、
特段の才覚のないことを早々に自覚し(苦笑)以降、自然と距離が置かれることに。
その時から将棋界に加藤一二三という有名な棋士がいるということは承知しており、遥かなる時空の経過を経て、訪れた今回の機会。
整理券入手の会計時に、開場前に、相応に感じられる人の熱気で、将棋ブームの一端を感じた思いでしたが、
続きを読む 将棋界のレジェンド加藤一二三九段を間近にして勝負師としての自負と矜持を感じてきた:加藤一二三九段トーク&サイン会 参加記 →
ここは地球?思わず息を呑む世界の絶景ベスト50(ケープ・トリビュレーション、グレートバリアリーフ、ヒラー湖)
” 思わず目を疑うほど美しい、いつか訪ねたい地球上の絶景スポットを厳選して50カ所ご紹介します。”(出典:msn)
というmsnの特集を見つけ、オーストラリアから・・
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2017年夏、珍しく雨降りとなった7月最後の土曜日はJohn Sykesっていいね!倶楽部主催の John Sykes Fan Convention で
次回は12月9日(土曜日)です!John Sykes Fan Convention – Chapter 5 -(画像はイベントページにリンク)
お馴染みの白蛇’84を観に目黒は鹿鳴館へ。
久々に戻ってきました私的に目黒といえば!の鹿鳴館
一時、トリュビュートバンドのライヴにお声掛け頂き、楽しんでいた時期があり、
その頃、何回か、この場所を訪れていますが、エラく久しぶりに戻ってきたような・・
白蛇’84は POWER AND THE GLORY Vol.29のヘッドライナーで出番は21:00〜
出番が21時からと聞いていたものの早めに現地入りして、久々の爆音に身を慣らし、
いよいよイベントのトリを飾る白蛇’84の出番!
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ワラビーズ(オーストラリア代表)対日本代表戦 2017.11.4 詳細発表
” 日本ラグビー協会は27日、今年11月4日に神奈川・日産スタジアムでおこなう日本代表×オーストラリア代表のテストマッチについて、
冠スポンサーとして大正製薬株式会社の協賛で「リポビタンDチャレンジカップ2017」として開催すると発表した。
大正製薬には、2001年より日本代表オフィシャルスポンサー、2016年より日本代表オフィシャルパートナーとして協賛してもらっている。
そして、キックオフ時間は14時40分に決定。この試合のチケット情報に関しては、7月28日に日本ラグビー協会のオフィシャルウェブサイトにて発表される予定。”(出典:RUGBY REPUBLIC)
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橘玲さんの金融情報小説『マネーロンダリング』を読み始めて、
段々と筋が捉えられるようになってきたので、これまで(〜p183)のまとめ。
香港で消えた大金を巡る・・
ウォール街の金融機関に勤め高額所得を得るも、キャリアに行き詰まり、香港に渡り脱税指南、口座開設など、悶々とした日々を過ごす主人公が、
続きを読む 橘玲さんが描いた香港で消された50億円を巡る人間たちの駆け引き:『マネーロンダリング』読み始め →
ワラビーズのキャプテン、スティーブン・モーア 2017年シーズンで引退を発表
” オーストラリア代表“ワラビーズ”の主将であるスティーブン・モーアが27日、2017年シーズンをもってインターナショナルラグビーから引退することを発表した。
ブランビーズからレッズへの移籍が決まったときにオーストラリア協会とも3年契約を結び、2019年に日本で開催されるワールドカップまでプレーすると見られていたが、34歳になったフッカーは代表から退くことを決断。
今年6月のテストマッチシリーズでは、3試合のうち2試合がベンチスタートだった。
モーアは地元メディアに対し、「私はキャプテンの地位を譲り渡し、これからの4か月は新しいリーダーシップチームを可能な限りサポートしたい」とコメント。
新キャプテンには、6月のフィジー戦とスコットランド戦でチームをけん引したFLマイケル・フーパー(25歳)の就任が有力視されている。
モーアは8月19日開幕のザ・ラグビーチャンピオンシップに向けたトレーニングスコッドに入っており、南半球のライバルたちとの戦いに臨む。
そして、11月のヨーロッパ遠征がインターナショナルキャリアの最後となりそうだ。
また、ワラビーズは今秋来日して11月4日に神奈川・日産スタジアムで日本代表と対戦することが決まっており、
ゴールドジャージーを着てプレーする姿を日本で披露するラストチャンスとなる。
そして、2018年にレッズでファイナルシーズンを過ごしたあと、現役を引退することになりそうだ。
モーアは2005年の代表デビュー以来、重ねてきたキャップ数は120。
ワラビーズ選手としては、SHだったジョージ・グレーガン元主将の139キャップに次ぎ2番目に多い数字で、世界でもトップ10に入る偉大な記録である。
ワールドカップには3大会出場し、前回の2015年大会では主将を務めてチームを準優勝に導いた。”(出典:RUGBY REPUBLIC)
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月次で開催されている新党大地主催の東京大地塾に参加。
2ヶ月振りで、会場である衆議院第二議員会館へ
国会の閉会中審査、北朝鮮のミサイル開発、民進党の蓮舫代表辞任など、話題が盛りだくさんの中で
テーマとして取り上げられたのは「エカテリンブルクでの森(喜朗元首相)・プーチン会談」。
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オーストラリアの著名人 ⑲ 〜 カイリー・アービング
“「目標:NBAでプレイすること」。
日本の小学校4年生にあたる4thグレイドのときに、カイリー・アービングは紙にそう書きつけた。
以降、そのメモは常にアービングの手元にあった。ガリガリに痩せ、身長も5フィート8インチ(約172cm)に過ぎなかった高校1年生時をはじめ、
当初は頻繁に実力を疑われてきた。アービングはそのたびに紙を引っ張り出し、眺め、誓いを新たにしていたのだという。
カイリー・アンドリュー・アービングは、1992年3月23日、オーストラリアのビクトリア州メルボルンで生まれた。
父ドレデリックはボストン大学でバスケットボールをプレイし、1988年にNCAAトーナメントに出場。
その後にボストン・セルティックスの入団テストを受けるが、NBA入りの夢は叶わなかった。
ドレデリックがオーストラリアでプロ選手としてプレイしていた間に、カイリー・アービングは誕生したのだった。
「(カイリーと1歳上の姉が)1~2歳の頃からベビーカーに乗せてベンチで待たせていた。より年齢を重ねても、私の出場するゲームに連れていった。
行儀の良い子供たちだった。ベンチの端でゲームを見ていた。何かが必要なときはタイムアウトをコールしたけど、そんなことはめったになかった」。
ドレデリックは当時をそう振り返る。そんな環境で育ったアービングが、バスケットボールに興味を持つのは必然だった。
家族はアービングが2歳のときにアメリカに戻り、ニュージャージー州ウェストオレンジに移住。
以降、アービング親子は生き馬の目を抜くようなニューヨークエリアのバスケットボールシーンで生き続けることになる。
「僕はとてつもなく負けず嫌いな人間だと思う。コート上では相手を破壊したいと考えてプレイしているからね。そんな気質は父親から受け継がれたのだろう」。
そんな言葉を聞くまでもなく、アービングの人生において、父親の影響が大きかったことは容易に想像できる。特に、4歳のときに母親が急逝し、父子家庭で育ったことを考えればなおさらだ。”(出典:NBA JAPAN)
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「冒険」に出たものだけが、大きな果実を手にすることができる