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正田耕三さん、前田智則さんの広島東洋カープ先輩後輩トークに惹き込まれた:前田智則氏 x 正田耕三氏 トークショー サイン&撮影会 参加記

私個人は若干前倒し気味でしたが、世の中的に2024年のゴールデンウィーク初日とされる日、新幹線に乗り大阪市内へ。

目的は広島東洋カープOB 2人が登壇される前田智則氏 x 正田耕三氏 トークショー サイン&撮影会。

「前田智徳さんがイベント??」とB-CRAZYさんの告知を知った時点、現役時代に定着していたイメージからするとギャップが大きかったですが、

出典:ビークレイジー X(画像は post にリンク)

稀少性からかチケット売出しから80席が2分半で捌けたという参加券を確保してワクワクしながらの旅路。

会場の大阪産業創造館

土地勘ないエリアで早めに現地入りすれば・・

追加サイン券を済みスタンバイなひと時

巡り合わせ良く最前列のサイドブロックを確保。

参加者の集合状況良く前倒しでトークイベントが始まり、正田耕三さんが智(とも)と呼び「世間の(侍の)イメージと違って俺からしたらかわいい後輩」と連呼した先輩後輩の間柄に、

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井端弘和侍ジャパン監督の奥深い野球愛に痺れた:『日本野球の現在地、そして未来』刊行記念 井端弘和さん ・西尾典文さんトークショー 参加記

次第に大型連休が近づき開放感が日々高まりゆく中、秋葉原の書泉ブックタワーを訪れ、

発売後のシステムトラブルを経て満員御礼となった座席の一席を確保.-

『日本野球の現在地、そして未来』刊行記念 井端弘和さん ・西尾典文さんトークショー に参加。

入場時の座席抽選で2列目中央部(#12)を引き当て着座.-

井端弘和侍ジャパン監督の登壇に興味を持ち即断、販売直後の申し込みを楽しみに迎えた当日。

初心者からプロフェッショナル最高峰まで

事前説明から開始に至る段取りがずれたかと思えば・・ 井端弘和監督によると好調に開幕を滑り出すも連敗の古巣中日ドラゴンズの戦況を気にされたとのこと ^〜^; スポーツライター西尾典文さんとの登壇。

スポーツライター西尾典文さん、井端弘和侍ジャパン監督 登壇

トークはまず対象書籍『日本野球の現在地、そして未来』の出版時期との関係で間に合わなかったとの(2024年)3月に開催された侍ジャパン対欧州代表戦で招集された大学生4選手の話題から。

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『中村憲剛の「こころ」の話 今日より明日を生きやすくする処方箋』刊行記念 中村憲剛さんトークイベント&サイン会 視聴記

川崎フロンターレで18年に及んだプロ選手生活を全うされ、日本代表でも存在感を示した中村憲剛さんの『中村憲剛の「こころ」の話 今日より明日を生きやすくする処方箋』刊行記念 中村憲剛さんトークイベント&サイン会 をオンライン視聴。

サイン本購入時、トークイベントのオンライン受講権利が付与されていたもの。

ライター原田大輔さんを聞き手に迎え進行されたトークで語られたのは、まず対象書籍『中村憲剛の「こころ」の話  今日より明日を生きやすくする処方箋』発売から一カ月半近くが経過し、

現役Jリーガーが試合前に本書を読み進めている、学校の先生の手に取られているといった、さまざま寄せられた反響の紹介から中村憲剛さんの近況について話題が及び

引退後から取得を重ねている指導者ライセンスで、段階を重ねJFA公認S級コーチが海外研修のみを残す段階に差し掛かり、

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小野伸二さんが振り返ったサッカー人生の光と影:『GIFTED』読了

先週末、読み始め記

<< 2024年2月11日投稿:画像は記事にリンク >> 小野伸二さんが振り返ったサッカー人生の光と影:『GIFTED』読み始め

をアップロードした小野伸二さん『GIFTED』を読了。

その(読み始め記)後、読み進めた 1999年/19歳 以降で刺さったのは、やはり

” 感じない、見えない ー 。

練習でも試合でも、プレーをしていればいつも、僕の目の前には「映像」があった。背中を向けている後ろ側で相手選手がどう動いているか、僕の動きに合わせてどう対応するか、ボールと相手の動きが全部イメージできていた。

本当に、全部。相手の動きが見えているから、僕はその裏をかけばいい。そうやって何年もプレーしてきた。でも ー 。

この試合、そのイメージが、全く浮かばなかったのだ。

以来、ピッチの見え方がそれまでと違うものになった。もう、今は慣れているけれど、あれ以来「映像が見えた」ことは一度もない。

転機となった「靭帯断裂」をしたのは、1999年7月4日、シドニー五輪アジア1次予選のフィリピン戦のことだった。”(p102-103)

と18歳にして日本代表に抜擢されるなど順調に才能の片鱗を見せ「天才」の呼び声から将来を嘱望された中、19歳で見舞われたキャリアを狂わせた負傷に、

” 自分が入って負けた。この事実は生涯、変わることはない。日に日に増していく、その痛みは、僕の心を蝕んだ。”(p206)

と出場したFIFAワールドカップドイツ大会でのオーストラリア戦において喫した逆転負けから

” 初めて「サッカーをやめようかな」と思った。そんな感情が湧き上がってきたことは、サッカー人生のなかでもこのときだけだ。”(p201)

とどん底にまで突き落とされた日々等、光と対比される影の部分の言及は、読書中幾度も心情を揺さぶられました。

光と影の狭間から

“じゃあ、サッカーの何がそんな好きなのか、といえば、人に喜んでもらえること、感謝ができること、そういったすごくシンプルな答えになる。

ただ、考えてみるとひとつ、好きなプレーがあることに思い至った。

ゴール?

違う?

アシスト?

それも違う。

僕の言葉では、「アシストのアシスト」だ。”(p284)

という件にらしさを感じつつ、長年小野伸二さんの代理人を務めた秋山祐輔さんの

” 僕が難しいな、と思ったのは、「戦術が雑なチームほど伸二を欲しがる」という点です。”(p135)

の一文に小野伸二さんの凄みの一端が示されているように思いましたが、若くして我々の前に「天才」として日本サッカーの未来を託された稀代のアスリートが

小野伸二さんよりお手渡し頂いた本に書かれていたサイン

キャリアを狂わす大怪我に見舞われながら

” 何度も言ってきたようにサッカーが大好きだ。今でもグラウンドに行くのが楽しみで仕方がない。”(p284)

と競技(サッカー)に魅了され、困難と対峙しながら前を見て駆け抜けた半生記を興味深く読み切ることが出来ました。

オーストラリア ライフスタイル&ビジネス研究所:Socceroos FW ミッチェル・デューク選手が語るアジアカップ

Socceroos FW ミッチェル・デューク選手が語るアジアカップ

” 町田のオーストラリア代表FWミッチェル・デューク(33)が8日、宮崎で行われているチームのキャンプに合流した。

アジア杯のベスト8で韓国に敗れた試合ではチャンスを決めきることができず、SNSでは殺害予告など度を超えた非難も受けた。「フラストレーションがたまりました。

オーストラリアは少なくとも決勝まで行くべきチームだと思っていました。ただ韓国もいいチームですし、そういう意味ではよく戦ったところもあります。いい経験にもなりました。コンディションは整っていますので、私自身はこれからです」と町田で挑む新シーズンを見据えた。

オーストラリア、日本はベスト8、韓国もベスト4で敗退し、11日の決勝にはカタールとヨルダンが進んだアジア杯。デュークは「アジア各国の差は縮まってきています。本当にアジアは難しいエリアになってきている」と明かした。

「どの要素もてこ入れをしていると思う。たとえばいいコーチを連れてきている国もありますし、選手もそうですよね。(強化への)投資が行われているのではないかと思う。それによってレベルが上がり、各国の差が縮まっているのが現状ではないかと」と自身の考えを語った。

昨季は町田で10ゴール10アシストと活躍し、クラブ史上初のJ1昇格に貢献した。今季の目標については「本当に上位に食い込みたい。それだけの選手もそろっているし、去年は飛躍の年でしたけど、それを継続しないといけません。今年はもっといい選手も入りましたし、切磋琢磨して上位を狙いたい」と話した。

個人としても「2けた(ゴール)まで持って行きたいですね。得点はしたいですが、私だけじゃなくチームメートが得点できるように助けていきたいし、しっかり貢献したい」。失意のアジア杯から気持ちを切り替え、清水時代の18年以来となるJ1での活躍を誓っていた。”(出典:スポーツ報知

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小野伸二さんが振り返ったサッカー人生の光と影:『GIFTED』読み始め

” 2023年8月3日。僕は、所属する北海道コンサドーレ札幌のGMである三上大勝さんにプロサッカー選手を辞めることを伝えた。”(p8)

という小野伸二さんが現役引退を節目として2023年11月末に上梓した『GIFTED』を読み始め、

1987年 8歳 から 2023年 44歳 まで掲載されているうち

” 1998年の3月。僕は浦和レッズの選手となった。”(p85)

とプロ入りまで読み終えた( 1998年/18歳)ので、そこまでのおさらい。

昨年(2023年)末に HMV&BOOKS SHIBUYAで開催された出版記念イベントで、

2023年、暮れの押し迫った時期に500名超のファンを集め開催されたサイン本お渡し&撮影会

小野伸二さんよりサイン本を手渡しで入手していた経緯。

追い込まれ訪れた、覚醒の瞬間

本書は、

” 辞めるってどういうことなのか ー それはわからなかったけれど、ひとつ思いついたことがある。

それは「もっと多くの人を笑顔にしたいし、サッカーを楽しんでほしい」という僕が抱き続けた思いを形にしていきたい、ということだ。

そのひとつが、この本だった。”(p12)

と冒頭の「はじめに」で出版に至った思いが記され、本編では

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元 中日ドラゴンズ 荒木雅博さんトークショー&ツーショット撮影会 参加記

TVでプロ野球のキャンプの模様が流れ始め「(まだ1ヶ月半ほど先のことながら)もうそろそろかぁ」といった頃合い、

1月の村田修一さん×川﨑宗則さんに続いて、2024年 野球選手イベント第3弾は元中日ドラゴンズ荒木雅博さん by ラブすぽ

先月に続いてメディアドゥセミナールームを往訪し、元中日ドラゴンズ 荒木雅博さんトークショー&ツーショット撮影会 へ 。

荒木雅博さんといえば、落合博満監督に率いられ中日ドラゴンズが一時代を築いた時の主力選手としての位置付けに、(現 侍ジャパン監督井端弘和さんとアライバの愛称が浸透した二遊間コンビも記憶に濃く刻まれているところ。この部分、個人的に野球を始め初めてレギュラーを獲ったポジションがセカンドであったことは、この日足を運んだ動機に。

高校から1996年のドラフト1位指名を受けプロ入りされて、現役選手として22年、即コーチに就任され4年のキャリアを経てから

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村田修一さん × 川﨑宗則さんトークショー&スリーショット撮影会 参加記

昨年(2023年)末のイベント告知で「!」となった 村田修一さん x 川﨑宗則さん トークショー&スリーショット撮影会に参加。

2023年11月高橋由伸さんトークショー&ツーショット撮影会以来のメディアドゥセミナールーム(手に持っているのは配布された栃木ゴールデンブレーブス村田修一選手&川﨑宗則選手のカード)

「!」となったポイントは、川﨑宗則選手との撮影会をレアに感じたため。

2016 >> 2024

川﨑宗則選手といえば、遡ること8年前〜 雪が積もる最中の福岡に空路降り立って飛参加した

<< 2016年1月25日投稿:画像は記事にリンク >> 川﨑宗則選手に会いに大寒波襲来の福岡まで行き、もっとファンになって東京に帰ってきた:「ムネリン(川﨑宗則)を囲む会」参加記

ムネリンを囲む会」が先ず以て思い出されるところ。その時(前回)はMLB挑戦の真っ只中で、現在は

登壇直後のお二人:近しい関係性伝わった村田修一さんと川﨑宗則選手

(通称)BCリーグ傘下の栃木ゴールデンブレーブスでステージは変われどいまだ現役という「らしさ」伝わる見事なキャリア。

村田修一さんの方は現役を退かれ、現在は千葉ロッテマリーンズの一軍打撃コーチという立場。

今まで幾度も(元)プロ野球選手関連のイベントに参加してきましたが登壇2人というのは思い出されず、会場入りすれば讀賣ジャイアンツOBという経歴からオレンジ色のタオルが散見されるなど村田修一さん目当てと思わしき方も目立ち、川﨑宗則選手と人気二分といった様子。

お二人の共通点といえば侍ジャパンで日の丸を背負ったキャリアに、既述の栃木ゴールデンブレーブス在籍といったところ。

タイプ異なれど共通する姿勢と交差する考え

トークは村田修一さんが一つ年上ということで、ほのかに上下関係を感じつつも、お互いのキャリアに敬意を払いつつ

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