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『いつもそばには本があった。』刊行記念 國分功一郎さん×互盛央さんトーク&サイン会 参加記

先週、読了記👇をアップロードした

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哲学者國分功一郎さんと互盛央さんの共著『いつもそばには本があった。』刊行記念トーク&サイン会に参加。

会場は紀伊國屋書店新宿本店9階イベントスペース

もともと本書を購入したのは、本イベントへの参加目的がありましたが、

(本書を)読み終えた段階になると「読むより聞いた方が分かり良いかなぁ」といった期待感も。

お二人は、國分功一郎さんの無名時代からお付き合いで、年長の互盛央さんは「國分くん」と声がけする間柄のようで、

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國分功一郎さんと互盛央さんが語った読書を通じて得られたもの:『いつもそばには本があった』読了

哲学者 國分功一郎さんと、言語論、思想史などについて本を出されている互盛央さんのお二人が

” 「本」に関する本を二人で書く “(p7)

というアイディアのもと、上梓された『いつもそばには本が合った。』を読了。

開いてみた本の構成は・・ 國分功一郎さんと互盛央さんが「本」について7ページ程度の文をリレー形式で展開。

実際、読み始めてみると

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社会学者 大澤真幸さんと 哲学者 國分功一郎さんが交わした自由を巡る議論:『〈自由〉の条件』刊行記念 大澤真幸さん× 國分功一郎さんトークイベント 参加記

『〈自由〉の条件』刊行記念 大澤真幸さん×國分功一郎さん トークイベント」に参加。

会場は、西武池袋本店別館8F 西武コミュニティカレッジ

哲学者 國分功一郎さんが登壇されることで興味を持ったイベントですが、

大澤真幸さんのお名前も見覚えあるなぁ」なんて調べたら

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で、解説を書かれており、一連の流れに乗って「面白そうだなぁ」と。

トークイベント後、大澤真幸さんに頂戴したサイン

ただ、開催直前「これかぁ」と対象書籍の『<自由>の条件』を書店でさ〜っとめくってみれば

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筒井康隆さんが紐解いた、二十世紀最大の哲学書『存在と時間』:『誰にもわかるハイデガー』読了

筒井康隆さんの『誰にもわかるハイデガー』を読了.-

ポイント2倍デーに「もう一冊何かないかなぁ」と探している最中に「これだ!」となった一冊。

” ご存知のとおり、二十世紀最大の思想家と言われる人です。そのハイデガーが三十七歳のときに、一九二七年ですけれども、書いたのがこの『存在と時間』です。

二十世紀最大の哲学書と言われている難解な本で、これが中央公論社版の「世界の名著シリーズ」のハイデガー篇、これ一冊まるまる『存在と時間』なんですね。

二段に分かれてぎっしりと難しいことが書かれているんです。”(p10)

と、難解なことで定着している古典的名著を

” 本書は、普通の意味での解説を必要とはしない本である。「文学部唯野教授」の講義は、わかりやすく、タイトルにある通り「誰にもわかる」からである。

ハイデガーの主著『存在と時間』をこれ以上わかりやすく解説することは不可能だ。”(p95)

本書で「解説」を担当されている社会学者 大澤真幸さんに言わしめたもの。

帯裏面。

本書が刊行された経緯は 👇

” 新調カセット・講演  筒井康隆『誰にもわかるハイデガー』(一九九〇年一〇月刊/一九九〇五月一四日池袋西武スタジオ200において収録)として発売された内容をもとに書籍として再構成された。”(本書にある記載を引用)

身近にある「死」を経て・・

筒井康隆さんが、『存在と時間』に触れたのは

” じつは私、一昨年、ちょっと天皇陛下が下血なさったのと時を同じくして下血しまして、・・中略・・

一ヶ月間入院しろということで、これはそこの胃腸科の科長さんの好意なんですけれども、作家だから仕事をするだろうということで、個室をあてがわれました。

ただ個室のある病棟といいますか、その階は当然ながら重症の患者さんがたくさんおられるわけです。

ときどき突然女の人のわっと泣く声が聞こえたりするんです。ご主人が亡くなられたんですね。

つまり日常的に死というものが身近にあるんです。

私自身は自分でべつだん死ぬほどの病気ではないとわかっているんですけれども、やっぱりなんとなく死というものを考えてしまう。

何か死という現象について知りたいと思い始めたんです。で、やっぱりそれは哲学じゃないかと思いました。”(p11-12)

という経緯から。

どのようなことが書かれてあるかというと(抜粋出来る範囲で)・・

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國分功一郎さんが誘(いざな)う 失われた「態」中動態の世界:『中動態の世界  意思と責任の考古学』読了

哲学者 國分功一郎さんの『中動態の世界  意思と責任の考古学』を読了。

先月(2018年9月)、銀座蔦屋で開催された絵本作家 五味太郎さんと(國分功一郎さん)のイベントの対象書籍として買い求めていた一冊。

<< 2018年9月29日投稿:画像は記事にリンク >> 絵本作家 五味太郎さんと 哲学者 國分功一郎さんの「絵本と哲学の話をしよう!」での内容が奥深く胸に刺さってきた(CUT AND CUT!』&『対談集 絵本のこと話そうか』刊行記念 トーク&サイン会 参加記)

馴染みのないタイトルに、その厚み(335ページ/注釈を含む)に、

専門書335ページに及ぶ厚み

買ってはみたが、いざ読み始めようかという段階に突入すると、尻込みするようなところもあり、

実際、一読しただけでは大学の教養課程で哲学を履修した程度のレベルとしては「難しかったなぁ」と。

” 中動態の存在を知ったのは、たしか大学生の頃であったと思う。本文にも少し書いたけれども、能動態と受動態しか知らなかった私にとって、中動態の存在は衝撃的であった。

衝撃と同時に、「これは自分が考えたいことととても深いところでつながっている」という感覚を得たことも記憶している。

だが、それは当時の自分にはとうてい手に負えないテーマであった。単なる一文法事項をいったいどのように論ずれはよいというのか。”(p327)

というきっかけに、経緯から、機が熟して2017年4月に上梓された著書。

帯裏面.-

中動態と、哲学者たちの叡智

著者 國分功一郎さんの

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絵本作家 五味太郎さんと 哲学者 國分功一郎さんの「絵本と哲学の話をしよう!」での内容が奥深く胸に刺さってきた(CUT AND CUT!』&『対談集 絵本のこと話そうか』刊行記念 トーク&サイン会 参加記)

銀座蔦屋書店で開催された『CUT AND CUT !』&『対談集 絵本のこと話そうか』刊行記念 五味太郎さんと國分功一郎さんと「絵本と哲学の話をしよう!」

会場は 銀座 蔦屋書店(GINZA ATRIUM)

に参加。

会場へ足を運ぼうと思ったのは、6月に読了していた國分功一郎さんの著書『暇と退屈の倫理学  増補新版』の内容に刺さりが多かったものの

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本イベントで初めてお名前を知ることになった五味太郎さんが絵本作家とのことで、

國分功一郎さんを知ることになったきっかけの政治学者 白井聡さんとのトークイベントとは

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だいぶ色合いの異なる切り口に、参加を逡巡するようなところがあったものの

いざ開演を迎え、お話しが始まると・・

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國分功一郎さんが迫る「暇と退屈」の正体と、その向こう側:『暇と退屈の倫理学 増補新版』読了

先日、中間記をアップロードした

<< 2018年6月17日投稿:画像は記事にリンク >> 國分功一郎さんが迫る「暇と退屈」の正体と、その向こう側:『暇と退屈の倫理学 増補新版』読み始め

國分功一郎さんの『暇と退屈の倫理学』を読了(注 を除く)。

本書を読んでみようと思った動機が、タイトルにある暇、退屈を感じた際に、従来と捉え方を変えることが出来れば、肯定感が高まるかなといったもの。

そのレベル感からすると、中盤で展開されている論は次元が高いと感じられるところもありましたが、

” 人は日常の仕事の奴隷になっているのか?それは「なんとなく退屈だ」という声から逃れたいためだった。

常識から言えば、奴隷になるのはとてもイヤなことだ。だが、この声に悩まされることは、それとは比べものにならないほど苦しいのだ。”(p312)

事例として

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國分功一郎さんが迫る「暇と退屈」の正体と、その向こう側:『暇と退屈の倫理学 増補新版』読み始め

哲学者 國分功一郎さんの『暇と退屈の倫理学 増補新版』を読み始めてから、

全部で七章(+序章、結論ほか)まであるうちの第三章までを読み終えたので、そこまでのおさらい。

本書の冒頭「増補新版のためのまえがき」で、

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