「sociology:社会学」カテゴリーアーカイブ

古市憲寿さんが、敵味方の枠を取っ払い、できるだけ正直に綴られた連載集『誰の味方でもありません』読了

社会学者 古市憲寿さんの『誰の味方でもありません』を読了。

古市憲寿さんは、昨年(2018年)共著⬇︎を読んでいたり

<< 2018年12月4日投稿:画像は記事にリンク >> 國分功一郎さんと古市憲寿さんが議論した、巨大な複雑な社会での模索される暮らし方:『社会の抜け道』読了

TV番組などの出演から顔と名前は一致する状態であったものの、近寄り難さのようなものを感じていて、

それは本書に

” 小沢一郎に再婚相手を聞いたり、”(p12)

とあり、「あぁ、あの時の人かぁ・・」と。

本書を引き寄せたのはサイン本を見つけた⬇︎のがきっかけ。

<< 2019年5月20日投稿:画像は記事にリンク >> 読むサイン本に、読まぬサイン本で、サイン本考。

書かれている内容は、

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カンニング竹山さんが明かす、イメージを180°覆される福島の今:『福島のことなんて、誰もしらねぇじゃねえかよ!』読了

カンニング竹山さんが、福島県内に20回現地入りしたことを通じて上梓された

『福島のことなんて、誰もしらねぇじゃねえかよ!』を読了.-

サイン本@八重洲ブックセンター

書店に「何か、出てるかな・・」と立ち寄った際サイン本の販売を見つけ、また、福島の現状に承知していなかったことから

「日本人としては知っておくべきであろう」との使命感も刺激され購入。

福島について知らされる先入観、偏見・・

本書は、

” この本は全く福島県に興味がない方々でも楽に簡単に読めるように制作しよう、かつその中でも取材等々をした中から、正しい情報を載せよう、嘘はやめよう、正直に丁寧に作り上げよう!と決めました。

ですので今の東京電力福島第一原子力発電所の現状も取材し始めて訪問した2年半前とどう変わったか、今後どうなって行くのかなどもなるべく分かりやすく載せております。”(p8)

というコンセプトのもと、フィールドワークが土台となって文字に読みやすくまとめられています。

具体的にどのようなことが書かれているのかというと・・

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人類学者 奥野克巳教授が問うた「こうである」が一切ない世界からの学び:『ありがとうもごめんなさいもいらない森の民』読了

人類学者/立教大学異文化コミュニケーション学部 奥野克巳教授の『ありがとうもごめんなさいもいらない森の民』を読了。

昨秋、通信販売で入手した本とともに同封されていたチラシの

封入されていた本書を紹介するチラシ

記載内容から興味を持って購入した一冊。

囚われている思い込みからの解放

” 現代日本社会の私たちの周りで進行する諸問題の底の部分には、世界に囚われたかのような思いこみと言っていいほどの前提があるのではないか。

それは、生きていくためには働かなければならないという条件であったり、働くことが目的化して、働くことの中に発生する課題に向き合わなければならないという思いこみであったりす。

また国家という前提があって、所得に応じて税金を払わなければならない仕組みが常識としてあって、困ったことがあれば国家が助けてくれるはずだと考えていたり、

実際に、国家や政府にこうしてくれ、ああしてほしいと願ったりすることなどである。”(p 009)

と本書冒頭「はじめに」で問題提起があり、

” 思いこみような前提がないか極小化されている場所から私自身の思考と行動の自明性を、照らし出してみることはできないだろうか。

そんなところに出かけて行って、人間の根源的なやり方や考え方について考えてみることはできないだろうか。

そういった思いが、つねに私の頭の中にあった。”(p 010)

との仮説から、

” 直観としては、そうした理想に近い社会は、狩猟採集を主生業とする社会にあると思われた。

そのひとつが、熱帯のボルネオ島で、狩猟採集を主生業とするプナンである。

プナンは、ボルネオ島(マレーシア、インドネシア、ブルネイの三つの国から成る)に暮らす、人口約一万人の狩猟採集民あるいは元・狩猟採集民である。”(p 010)

を著者である奥野克巳教授が、一年+断続的にプナンの居住地を訪問し、行動をともにしたことで書き上げられたのが本書。

反省も所有もありがとうもない世界

シェアされている気づきの幾つかを引用すると・・

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菅野仁さんが迫った、「身近な人たちとのつながり方」と「親しさ」の本質:『友だち幻想 人と人の〈つながり〉を考える』読了

TV番組『世界一受けたい授業』で又吉直樹さんが絶賛されたなど、話題の書ということで書店で見かけること、しばし、

菅野仁さんの『友だち幻想  人と人のつながりを考える』を読了。

読み進めている中途から「大事なことが分かりやすく書かれているなぁ」と、内容への興味もありスピーディーに読了に至りました。

推薦の言葉並ぶ、帯裏側

渦巻く「不安」、信頼できる「他者」

数多く付箋した箇所の中から、印象的な記述を3つほど抜粋すると・・

” 現代におけるネオ共同性の根拠にあるのは、「不安」の相互性です。

多くの情報や多様な社会的価値観の前で、お互いの自分自身の思考、価値観を立てることはできず、不安が増大している。

その結果、とにかく「群れる」ことでなんとかそうした不安から逃れよう、といった無意識的な行動が新たな同調圧力を生んでいるのではないかと考えられるのです。”(p56)

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寺島実郎さんが明示する、人生100年時代を生き抜く慧眼:『ジェロントロジー宣言 「知の再武装」で100歳人生を生き抜く』読了

日本総合研究所会長、多摩大学学長で、ニュース番組ほかでのコメンテーターとしてもお馴染み寺島実郎さんの『ジェロントロジー宣言 「知の再武装」で100歳人生を生き抜く』を読了.-

先日参加した本書刊行記念の特別講演に合わせて入手していたもので、

<< 2018年9月15日投稿:画像は記事にリンク >> 寺島実郎さんが説く、人生100年時代を生き抜く思考の枠組み:『ジェロントロジー宣言 「知の再武装」で100歳人生を生き抜く』刊行記念 特別講演 参加記

講演直前に(全体の)1/4ほど、講演後に3/4ほど。

購入前は馴染みないタイトルから(読了まで)時間を要するものかと思いきや

講演で概略を把握出来ていたことに、本の内容を分かりやすく、快調なペースで最終ページまで。

定年後四〇年を生きるロードマップ

冒頭の「ジェロントロジー宣言」で

” 日本において、ついに八〇歳以上の人口が一〇〇〇万人を超した。異次元とも言うべき高齢化社会の到来を、これまでの政策科学・社会科学は予見してはいたが、

その意味を理解した社会システム・制度の再設計は活かしてこなかった。”(p10)

と問題提起があり、

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複雑ネットワークを専門とする増田直紀さんに学ぶ、人生を豊かにするネットワークの築き方:『私たちはどうつながっているのか』読了

書店で「次、何読もうかなぁ・・」と、手持ちの読み本がなくなり物色していた際に気になり→手に取り→購入に至っていた

『私たちはどうつながっているのか』を読了。

ディスプレーされていたので、てっきり新刊と思いきや出版は2007年4月。

著者の増田直紀さんは「東京大学大学院情報理工学系研究科数理情報学専攻講師、複雑ネットワークと脳の理論を研究」と本書で紹介。*本書上梓時点の情報と考えられます

まず「はじめに」で

” あなたは、自分のネットワークに満足しているだろうか。仮にいじめやひきこもりに悩んでいないにしても、人間関係の質や量について無頓着ではないだろうか。

知らず知らずのうちに、人のネットワークの中で損をしていないだろうか。適切なネットワークを構築して、己の充実に結びつけられないだろうか。

新しい友人づくり、運命的な出会いによる結婚、周りの人に受容してもらうこと、有名になってお金を稼ぐこと。

人のネットワークがうまくいくと到達できそうなことは、たくさんある。

ネットワークでうまくいくにはどうしたらよいだろうか。この問いについて、本書で順を追って考えていく。”(iii – iv)

という読者への投げかけに始まり、

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お友達数150人を超せるか、ダンパー数に挑戦した人の物語

 

先日(2/12)、「無価値から価値を放つメトカルフェの法則からダンパー数の手前まで」なる自分らしからぬ?エントリーをして、

ダンパー数に続きがあるかの如くの表記なので、ダンパー数に関して。

social-networking

お友達数150人を上限とするダンパー数とは?

ダンパー数とは、「霊長類はだいたい150人前後の人間関係が限度」とするもので、例として・・

  • 中小企業の場合、従業員150人程度が限界で、これ以上社員が増えると、社長は従業員一人一人の面倒を見れなくなり、企業がこれ以上成長するには優秀な中間管理職が必要となる。
  • 戦争ドラマの中(バンド・オブ・ブラザース)で、優秀な現場指揮官であった中隊長が大隊長になった途端、書類仕事に忙殺される様子が描写されていた。
  • 軍艦でも、艦艇の乗組員は150人程度。この程度であれば、艦長は水兵たちの仕事を把握。
  • 古代ローマ軍では、「100人隊長」が現場指揮官であった事が強さの秘訣であったとされている。

上記は「非番のエンジニア」さんのご記載を引用させて頂きました。項目の締めでは、SNSで友人が何百人いても、本当の知り合いは200人程度の記載がみられます。

 

Facebook友達全員にメッセージを送ろうとの試みの結末

で、リンク先の「WIRED」を辿ると、Facebookで2,000人のお友達を有するコラムの主人公(リック・ラックス)が、ダンパー数理論を覆そうと

2,000人超のお友達全員にメッセージを送る試みにチャレンジした様子が記されています。

なお、本コラムでのダンパー数の定義は・・「安定した関係を維持できる個体数の認知的上限は平均約150人(100-230人)とするもの」

で、ラックスさんの試みはAからアルファベット順に始めたそうですが、Aの中で既に多くの「お友達」の記憶が無かった事に加え、

メッセージを受け取った多くが困惑の反応(返信しないお友達に、あなたは誰?との反応を示したお友達)を示したとの事。

B、Cに移行した時には、亡くなっている方や身内に不幸があった事実に気付かされ、やがて、J に到達した時点で挫折を迎える結果に。その時点のアプローチ数は、1,000人程度であったそうな。

結果、ラックスさんの試みはダンパー数を裏付けるものになったと告白。

「社会的ネットワークの拡大に努めても、多くは交友関係の維持にとどまり、この場合の上限は200人を切る」との見立て。

 

何となく始め、覚え、慣れていくSNS

WIREDのコラムでは、本当の「お友達」は少ないとの結論で、この指摘は、誰しも異論無きと思います。

確かに我を振り返っても、「お友達」から返事が来ない事は、SNS外でよりSNS(主に、Facebook)での可能性が高いように思いますし、

オンラインからオフラインへの移行の機会を模索しても、オンラインを超えられない場合も少なくないように実感しています。

SNSをやっていなくても、何となく連絡を取り合っている関係(=身近に感じる)というのはあるわけで

SNSの世界にログインして交遊関係維持に努めている自分は否定出来ませんが、今回のダンパー数に関する学びを通じて、

今一度、とかく数に翻弄される(お友達・・、いいね!・・)SNSの世界から、交友関係に心を通わせる有り様、

自分の軟着陸の地点を模索してみる契機になりました。

landings-airplane

 

無価値から価値を放つメトカルフェの法則からダンパー数の手前まで

 

日曜日付け(平成26年2月9日)のメールマガジン「平成進化論」に出ていた「メトカーフの法則(Metcalfe’s law)」に刺さるモノを感じたので、その辺りのアレコレを。

 

メトカルフェの法則とは

通信網に関する法則だそうで、日本では一般的に「メトカルフェの法則」として定着しているそうな。

内容の方は(著者の鮒谷周史さんのwikipediaからの引用)・・

「通信網の価値は利用者数の二乗に比例する。
また、通信網の価格は利用者数に比例する。」
例えば、通信網に対し現在の3倍の費用をかけると(利用者を3倍にすると) その通信網の価値は9倍になるという考え方。

 

自分自身に価値無き場合の選択

で、「平成進化論」では・・ 「自分自身には何の価値がなくとも様々な人とつながることによって、

自分を取り巻くつながりの価値が増大することになります。

こうして、多くの方々の力を借りながら、自分一人では提供できない価値を次々と提供することができるようになるのです。」

と、鮒谷さんの解釈が綴られており「コレ(この考え方)いいなぁ」と。

Network with leader

 

答えは、きっと近くにある

要は、「餅は餅屋」という言葉にある通り、それぞれの分野には専門家で居て、それらを組み合わせられる事が出来れば

ゴールに近付けるという事。その事も立派な才能と思いますが、自分はオーケストラの指揮者を想起しました。

「え”っ!?」 って反応したくなるような事で、自分に依頼や相談が来たりといった場合、先方も八方手を尽くした挙句という事も考えられ

「出来ません」「分かりません」と一言発する前に、身近なお餅屋さんを探してみる心掛け、大切そうです。

 

人脈維持のボトルネックとは?

他方、各自を取り巻くお餅屋さんについても考えてみました・・

瀧本哲史さんの「君に友だちはいらない」では、かのアメリカの石油王 ジョン・ロックフェラーは、「ブラックブック」と称される黒表紙の手帳を持ち歩いていて、

実に1万数千人に上る人脈リストから数人の秘書を駆使して、人脈を有効活用していたそうな。(p117)

 

もっとも瀧本さんは『人脈維持のボトルネックは情報処理能力ではなく、その人の持っているパワーそのものである(p117)』として

『人脈の多さを自慢する人は、つきあって有意義な人だけでなく、自分の足を引っ張ったり、迷惑をもたらす人や、さらには反社会的な勢力ともつながってしまうことがあるのだ。』 と警鐘を鳴らしています。

『モノや知識も、たくさん持ちすぎると、それを自分がコントロールしていると思っていながら、逆にそれらに縛られてしまうことがある。』

『ときどきは自分の持つ「モノ」や「知識」を手放したほうがいい。』

『持っているものが多いこと」が貴いのではなく「必要なものが少ない」のが貴いのである。仲間についても同じだ。

仲間の数を増やすのではなく、少数の仲間の質を追求することが、肝要となるのだ。』と項目が締め括られています。

 

真に貴きなりは・・

何より依頼される、相談されるポジションに自分が居る事は、それぞれの人の人脈から選ばれた得難き存在といえそうです。

その得難さに対しては、是が非でも「価値」として、お応えしたいものですね。

 

因みに、一般的な友達の目安としてダンパー数なるものから150人だ、と指摘している本(下記/未読)やコラムがネット上で散見されますね。

友達≒人脈? の視点は必要になりますが・・。

 

以上、151番目の男より、、じゃなかった(汗

読まれた方の150番目以内に入れますよう努力させて頂く所存でございます (笑)m(___)m

今日は短く書くつもりが、、 長文のお付き合い有難うございました。