爆笑問題 太田光さんが綴った世間への違和感もろもろ:『芸人人語  コロナ禍・ウクライナ・選挙特番大ひんしゅく編』読み始め

爆笑問題 太田光さんの『芸人人語  コロナ禍・ウクライナ・選挙特番大ひんしゅく編』を読み始め初日で、全二十一編収録されているうちの「七  祭り」まで読み終えたので、そこまでのおさらい。

サイン本販売情報に反応し、前作(第一弾)の↓

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読み応えも記憶していていたことから

週末に動いて在庫を確保

入手に動いていた経緯。本書は『一冊の本』誌上での2020年12月号から2022年8月号分までの連載が加筆・修正されたもの。

世の中、そして太田光さん

サブタイトルで、取り上げられている素材について紹介されていますが、序盤で取り上げられているのは

” アンジャッシュは今、また変化しようとしている。それは今まで何度も経験してきた変化にすぎない。何が絶望的なのか? 誰が不能なのか?

テレビ評論家やお笑い評論家などと名乗っている連中にあの二人の何がわかるのか? 彼らには一生何もわからないだろう。何も知らず、何も見てないに等しいからだ。

芸人にとって、今回の騒動などは何でもない。大した問題じゃない。何度も言うがネタの一つでしかない。”(p33)

アンジャッシュ渡部建さんに贈ったエールに、

” 私は芸人の中でかなり「恥知らず」な方だから大きなことは言えないが、日本のお客さんを笑わせる場合、「恥」や「照れ」が重要で、芸人は「照れ」がないと受け入れられないと思う。

いや、お客さんは「受け入れない」というよりも「見てられない」という感じで、「反発」ではなくそっと視線を下に落としてしまう。”(p54)

に、

” この国では「公」と「私」の間に「世間」がある。きみまろ師匠が言葉を投げかける「世間」だ。若者が読めという空気だ。人々は「個」よりも「私」よりも「世間」を気にする。「世間体」「人様」「他所様の目」。この国の物差しは「公」でも「私」でもなく「世間」だ。”(p57)

と社会へ向けた切り込みに、本書に

” 「表現」というものは、常に一歩踏み外せば危ういものになる可能性を秘めている。”(p89)

という一文が出てきますが、最近でも自身の発言に関して番組降板を促すハッシュタグが拡散されるなど波紋を広げている太田光さんの忖度控えた頭の中が垣間見え、読前の期待に沿った読み応えを得られています。


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