春日太一さんが迫った、岩下志麻さんの華麗ではない挑戦つづきであった女優道:『美しく、狂おしく 岩下志麻の女優道』読了

時代劇・映画史研究家 春日太一さんが、女優 岩下志麻さんの軌跡に迫った

『美しく、狂おしく  岩下志麻の女優道』を読了。

岩下志麻の出演作はさっぱり追えていないものの、春に開催された本書の刊行記念イベントに

出典:Sponichi Annex(画像は記事にリンク)

出遅れたことが、ずっと引っかかっており、

入手した本に書かれていたサイン

約半年遅れでサイン本入手という展開に恵まれ、さっそく読み始めた経緯。

女優になる気はなかった・・

話しは幼少の頃から、

“「元々はお医者さんになりたかったんです。それで猛勉強したところ、体を壊しちゃって、高校二年の時に一年留年したんです。・・中略・・

物凄く落ち込んで、ぼんやりと過ごしていたところ、父に『「バス通り裏」で十朱幸代さんのお友達の役を本当の高校生でやりたいとNHKのプロデューサーが探している。やってみるかと?』と言われたんです。

・・中略・・女優になるとかそういう感じではなく、やらせていただいたんです」”(p10)

と予期せぬ形からキャリアがスタートし、

“「演技事務の前に女優さんたちの名札が、一番格上の女優さんから順番に、大部屋の方も貼ってあるんです。

そうすると、スターになりたい方は『蹴落としてやれ』という感じで、上の女優さんの名札を指で弾いてました。

たまにそういうのを見かけたりして『ああ、こういう闘志がないと駄目なんだな』と思いました。

でも、私が『負けないぞ』ってなるかっていったら、そうはならなかったですね。

何をするにもゆっくりしていたので、当時は『駆けずのお志麻』と言われていましたけど、本当にそうだったんですね。

欲がないというか。流されていましたが、でも、与えられたものは忠実にやるというスタンスでした」”(p25)

と厳しい環境の中で着実に女優としての実績を重ねられていったプロセスが、作品を追う形で丹念に綴られています。

印象に残ったのは、例えば『鬼畜』撮影時のエピソードで、

“「私は、とにかく子供に憎まれなくちゃいけないと思ったんです。子供って正直ですから朝から『おはよう』なんて言っちゃうと、柔らかい顔しか本番の時に見せてこないんです。

だから朝からいじめるわけ。

劇団の子役さんですから『おはようございます』と挨拶にくるのですが、つんとして返事もしないで横向いてたりとか、

『何やってんの!』って怒ったりとか、朝からイライラを子供にぶつけるんですよ。ですからこの撮影は最初から最後まで実際にイライラしていましたから、ストレスがたまりました」”(p112-113)

或いは、『赤毛』の時の

“「最後に私が撃たれるところで、爆竹かしら、それを土に埋めていて。撃たれた時に地面に煙が上がるじゃないですか。

そのために、あちこちに埋めてあるわけですよ。そこを踏むと爆発して大やけどになるので、絶対に踏まないようにほんの小さな印がしてありました。

それで、『絶対に踏まないようによろよろと歩いてください』と言われたのですが、私、ド近眼でしょう。ですから怖かったです。

少しでも横によろめくと爆発しますから、だからといって下は見れません、もうあとは勘ですよね。

何を覚えているかというと、その怖さを一番覚えています」”(p258)

といった作品に賭ける(執念に迫る)思いが、散見されること。

また、岩下志麻さんが当初、志していた精神科医に絡んで

” 人間の精神が壊れていく様には関心があります “(p294)

の一言は、岩下志麻さんのアーカイブが凝縮されているように感じました。

華麗ならぬ女優道の軌跡

女優としての喜びについて

” 私にとって最高の喜びというか楽しみは、他の人間になれるということです。ですから、私の場合はその人間になったつもりでいないと全く楽しくないんですよ」”(p253)

と、演じた役柄は文芸作品の清純派からスタートし、『はなれ瞽女おりん』では盲目女性に、

『魔の刻』では母子相姦の母親役に、

代表作の一つとされる『極道の妻たち』では極道の世界に・・

こうした遍歴を辿っていったことに岩下志麻さんご自身は

” 女優と言いましても私の人生は華麗ではないんです。常に挑戦ですから “(p291)

と振り返られており、俄然、作品に対する興味関心が強まり、

おどろおどりしいテレビCMが今も脳裏に刻まれている『悪霊島』あたりから視聴してみようかなと、

私的にはお名前だけは存じいてた岩下志麻さんの入門編として価値ある一冊になりました。


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