筒井康隆さんが1965年に予知していた今日の監視社会とSNSの隆盛:『48億の妄想』読了

筒井康隆さんの長編処女作『48億の妄想』を読了。

先日、筒井康隆展を往訪した際に、

<< 2018年10月14日投稿:画像は記事にリンク >> 筒井康隆展 @世田谷文学館を訪れ、筒井康隆さんが辿ってきた軌跡に一筋縄ではいかぬ世界観を体感してきた

会場の世田谷文学館内で流されていたTV番組内で、

本作について1965年出版の作品でありながら、現代の監視カメラ、SNSの隆盛について記述されており、「予言の書」といった紹介をされており、興味を持っていた作品。

50年前の未来=2018年の現実

先日、読了していた『筒井康隆、自作を語る』では、

<< 2018年10月13日投稿:画像は記事にリンク >> 筒井康隆さんが、半世紀を超えるキャリア、作品へのわが思い入れに言及した『筒井康隆、自作を語る』読了

” 筒井 (中略)『48億の妄想』を、もう五十年ぶりで読み返したんですけど、傑作なんですよ(笑)。

ー それはみんな分かっています(笑)。

筒井 こんなもの、今は書けないですよ。よく書いたものだと思います。自分をほめてやりたい。”(p24-25)

という自信作で、話しのクライマックスは

ニュース番組のネタづくりのために、

韓国領海に入りこんだ日本漁船に韓国警備艇が銃撃を加え、日本漁船乗組員二名が死亡した事件の報復攻撃が立てられ、実行に移され、そこでの展開・・

変わらぬ人間の本質

作品の全貌360°入り込むレベルまで達するところまでは至らずも、

” 過去百何十年かの間にマスコミは、平凡な人間を有名にしてしまう新しい力を持った。いやむしろ情報社会の大衆 ー テレビの視聴者や活字報道の読者である大衆が、マスコミと協力して名声を製造する発見したといってよい。”(位置 No.1165/電子書籍のページ数)

或いは

” 自分たちの空虚さを反映しているだけのイメージにとびつく大衆は、大衆自身の影をふやし、拡大させているだけだった。”(位置 No.1174)

といった台詞に、本質を突いた鋭利さを感じ、テクノロジーの進化はあれども、

「人間が持っている根源的なことは変わらないんだなぁー 」と感じさせられました。


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