三宅陽一郎さんに学ぶ、日本の人工知能の発展と受容:『人工知能が「生命」になるとき』中間記

ゲーム AI 開発者 三宅陽一郎さんの『人工知能が「生命」になるとき』を読みはじめ

 第零章  人工知能をめぐる夢

 第一章  西洋的な人工知能の構築と東洋的な人工知性の持つ混沌

 第二章  キャラクターに命を吹き込むもの

 第三章  オープンワールドと汎用人工知能

 第四章  キャラクターAIに認識と感情を与えるには

 第五章  人工知能が人間を理解する

 第六章  人工知能とオートメーション

 第七章  街、都市、スマートシティ

 第八章  人工知能にとっての言葉

 第九章  社会の骨格としてのマルチエージェント

 第十章  人と人工知能の未来 ー 人間拡張と人工知能

と章立て(別途、はじめに etc)されているうち、第四章まで読み終えたので、そこまでのおさらい。

脳、近未来に関する本をたまに読みたくなるのと、サイン本販売現場に直面し、

往訪時、最後の一冊となっていたサイン本を入手.-

興味を刺激され、手を伸ばしていた経緯。

 人工知能をめぐる違和感の正体

本編に入る前の「はじめに」で、

” 皆さんが「人工知能」という言葉を聞くときに、あるいはその説明を受けるときに、何か胸の中で違和感を抱いたことはないでしょうか?

何だかこれは、自分が思っていた人工知能と違う、自分の直感に反する、大筋はわかるけれど何か違う気がする。

私自身も感じる、そんなちょっとした違和感の正体は、日本の持つ社会・文化の様相が、西洋の提示する「人工知能」と対立・矛盾することから起こっているように思われます。

そして、その違和感は、「人工知能」の社会的導入が全世界レベルで起こるに従って、ますます大きくなり、多くの人を不安にし、暗黙の我慢を強いています。

本書は、その違和感の正体をつきとめ、新しい人工知能の定義を行い、そのような不安や我慢を解放するところにあります。”(p004)

と刊行経緯についての説明があり、

” 西洋は人間中心主義の中で、「人工知能はサーバント(召使い)である」「人間とは一線を画す人間以下のものである」という考えが一般的です。

人間の知能を模倣するように人工知能を作り、人工知能と人間の上下の線引きを明確にし、同時に人間と人工知能の立場の逆転を恐れます。

一方、日本は自然中心主義の中で、人間とは異なる存在として人工知能を作り、同胞として強く受け入れようとします。

横並びの同列の存在であることを求めます。”(p006)

と同じ人工知能でも、西洋と東洋とで考え方、受け止め方について説明され、本編で深入りされていきます。

人工知能 360°

全体難しめながら

” 人工知能が得意なのは「閉じられた問題」です。それは未知の要素がない、という意味です。

「閉じられた問題」としてフレームが与えられるとき、人工知能は問題を解くことができ、また人間よりも圧倒的な優秀な答えを出すことができます。”(p043)

という人工知能の根幹的なおさえに、

” 世界の混沌の一部として知能が存在するとしても、そこには自分のコアというものがあります。

つまり、日々、環境と接しながら世界の混沌の側に引きずられそうになる自分を、一つの存在として維持する、統一体として強く調和させる力(ホメオスタシス)があります。

存在として人工知能を作るということは、人工知能を環境の変化の中に置くことでもあり、必然的に、内部にこのような自己の同一性を維持する力を導入する必要があります。”(p070)

というその前提に、記載内容に期待通り知的好奇心の刺激を受けており、後半にかけて得られるであろう学びが楽しみです。


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